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March 2004

2004.03.31

怪獣以外

今夜、語ることは怪獣ファン一般の考え方とはまったく関係がない。私の個人的な考えである事を最初に断っておく。私がこう考えているからと言って、怪獣ファンは例外なくこう考えている訳ではないということを覚えておいて貰いたい。それは間違いである。

私は美しさというものを蔑んでいる。美しさ、特に人間の見た目の美醜という価値にはまったく意味がない。意味が無いばかりか人間社会にとって、害悪であるとさえ思っている。
人間が見た目の美しさを追求する時、それは悲劇しか引き起こさない。どんな説話や体験談を当たって見ても、美しさゆえに幸せになったという話は聞かない。物語の主人公が一般的に美しいのは、その方が聴衆を曳きこみ易いからでしかなく、物語がハッピーエンドを迎える為には、主人公の美しさ以外の要素が決めてとなる。ただ美しいだけの主人公の物語が不幸な結末になる例は数多くあり、最初から美しさを持ち合わせていない主人公の物語がハッピーエンドを迎えても、そこには何の不思議もない。

人間の持つべき尊い特質は、感情移入能力の高さ、思考の柔軟さ、そして精神力の強さで、それ以外は必要ない。その三つさえあれば人生はいくらでも幸福な物になる。
見た目の美醜など人生に波風を立てるスパイス以上の価値はない。スパイスが無くても飯は食える。スパイスは栄養素の内に入らない。

腕っ節が強いのも人生において重要度の低い要素であるが、それでも美しさよりはいくらかましだ。
腕っ節が強い者は、実質的に他人の役に立つ事ができる。
美しいからと言って人の役に立つ事は出来ない。せいぜい他人の本能欲求を利用した自己欺瞞を展開するに過ぎない。まだ財力の方が為になる。財力だって本当の力ではないのだが。

確かに見た目の美しさで、他人の力を借りる事は出切るかも知れない。しかしそれは感情移入能力や思考の柔軟さでも借りる事ができる。単なる個人の美しさのみで他人の力を借り続ける事は出来ない。
美しさしか持ってないようでは駄目だと言う事だ。

本物の美には普遍の要素がある。しかし人間の見た目の美という物は悲しいほど普遍ではない。今の基準で美しいとされるものが5年から10年で笑いのタネにしかならなくなる。ただ美しいだけでいつまでも語り継がれるのは不可能だ。語り継がれる美形というモノは美以外に強烈な何かを持つからこそ語り継がれるのである。

そろそろなんについて話しているのか察しのついて来た方もいるだろうか。

不幸にも美形に生まれついてしまった人間は、自分の外見に負けないように努力するからこそ人から愛されるようになるのである。そこの所を理解せずに目鼻立ちの整った形や、顎の線の造形だけに目を奪われているようでは、本質的に何も理解していない、という事なのだ。
もしもあなたが心を奪われたキャラクターの似顔絵を描く時に、その美しさや可愛らしさしか表現の対象にしないならば、その行為自体が、あなたの大事なキャラクターに対する冒涜になっているのだ。

それなのに何故、ある程度の技術を身に付け人よりましな絵も描けるようになっているのに、ステロタイプなパターンの顔しか描こうとしないのか?
同性のキャラクターを何人か並べた時に、メガネやアクセサリー、髪の色や髪型、目を吊り上げたり垂らしたり、顎を伸ばしたり丸めたりするだけで、別人にしてしまうのか?
それはキャラクターに対する冒涜であり、人間性に対する冒涜である。
いくら、ちょっとした微妙な仕草を捉えていても、服装の質感を上手に表現していても、観察眼が優れている事には決してならない。
いつまでもそんな事を繰り返し、そこから成長しようとしないのであれば、蔑まれて当然なのだ。

以上が私の“萌え”に対する嫌悪の全てである。

だからさ。
どっかでみた事のあるような女の子のモデリングばっかりやってないで、オリジナルの怪獣作りなさいよ。
<って、それでまとめられると台無し(^^;

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2004.03.30

ミサイルなんかへっちゃらさ!

怪獣がミサイルや戦車にやられてしまっては話にならない。
が、しかし、最初の頃の怪獣はそうでもなかったりする。
怪獣映画が何本も作られるようになって、やはり簡単にやられるようじゃまずいだろう、と、やられないようになってくる訳である。
じゃあ、どうしてやられないのか?理由を考えてやらなくてはならない訳で、いろいろな説明が考えられてきた。
説明が無い奴もたくさん有る。
そういうのは画面で、喰らっても平気に動いてる所を見せて、丈夫なんだよ、と暗に了解を求めているわけだ。

ガメラは甲羅が堅い事になっている。
ゴジラは水爆にも耐えたんだからちょっとやそっとじゃこたえない、という事なんだろう。
イーマ竜は地球の生物だと重要な器官、肺とか心臓とかが無く、循環器系とかと一緒に全身に網の目のように広がっているので、銃弾とかには平気、という風に説明されている。もっともイーマ竜はバズーカ砲にやられてしまうが。

バルタン星人は宇宙忍者と呼ばれてるくらいなんで、やられてもやられても生き返ってくる。もっとも彼らは「生命?何だそれは?」とか言ってるくらいなので、我々の考える生きている、という状態とは違う存在なのかもしれない。
ザラガスも死んでも死んでも生き返ってくる怪獣だが、奴の場合は生き返るたびに受けた攻撃に耐性が付いて強くなるというおまけつきである。
内山まもるのマンガに出てくるアサシン星人というのもそういう奴だった。

地底怪獣の場合はたいがい地底の高圧の中で活動しているからだ、とかいわれたりする。
深海怪獣の場合も同じような言われよう。
トラゴジの場合は素早く避けて当たらないから、という理由だった。けっこう斬新。
与えられた攻撃を自分のエネルギーにしちゃうという奴もいる。
宇宙人の操る怪獣の場合、地球の科学力なんかが通用しない、という設定で済ませられたりする。

攻撃すれば効くんだけれど、いろんな理由で攻撃できないという奴も結構いる。
身体に危険物が付属していて攻撃できない、という場合もたまにある。
石油とかガスとかを食べるので、身体にそういう物が詰まっているという場合もある。
子供たちが反対するというのもおりますな。「殺さないでー」と怪獣の盾になっちゃう。そういう場合、怪獣も気の優しい場合があったりする訳です。
こいつを殺すともっと恐ろしい奴が出てくるから攻撃しちゃ駄目、という奴もいたりする。そういう場合は間違いなく攻撃されちゃって、その恐ろしい奴が出てきてしまう。
危険な、あるいは重要な施設に居座っちゃってるので攻撃できない、という場合も有る。

まだ使われて無さそうな理由も考えてみよう。
もう死んじゃってるのでこれ以上は死にません、という奴がいないような気がする。ん?いたかな?
身体がとても柔らかいのでミサイルとかめり込んじゃって不発になっちゃうというのも、…いたような気がするな。
怪獣の発する特殊な電波で機械類が使用不能になるなんてのも有ったかもしれない。
巨大な生物に見えるが実は群体、小さな生物が寄り集まって形成されているので、ミサイルは平気、ってのは、ああ、あったっぽい。
小説やマンガなんかではテレパシーかなんかで攻撃側を惑わす、恋人に見えたり親や子供に見えたりする敵、というのがいたりするが、怪獣ではいないような気がする。いるかもしれない。
狼男の伝説の中には、狼男を殺すとその呪いが殺した方に移って、そいつが狼男になる、というのがある。これなんか怪獣でも使えそうだ。
ウチのHPで出てくる怪獣には表皮にナノマシンが入ってて爆発の衝撃をそらしちゃうというのがいるが、これなんかは宇宙人の操る怪獣と同じ理屈ですな。ナノマシンだからなんでもできると思ってるところが我ながら愚かしい。

んー。使われてなさそうなのが思いつかない。

怪獣映画の性質上、主役の怪獣が簡単に死んではお話にならない訳で、だからと言って戦車や戦闘機が出動しないとなるとカタルシスに欠ける。
普通は暗黙の了解で怪獣にミサイルや戦車砲は効きませんよ、というお約束になっている訳である。
が、やはりいろいろ造る方は考えている訳である。
そこにストーリーの中心を持って行っちゃうと大変な事になるのでさらっと流しておくのだな。

が、しかし、ストーリーの中心に、なぜ怪獣はミサイルでは死なないか、と言うのを持ってきてもお話の一本くらいは作れそうな気もする。短編としては面白いかもしれない。
実は怪獣も死にたがっているけれど呪術的な理由とか何かで死ねないのだ、とか。
神様のご加護があって死なないようになっているのだ、とか。

あー。駄目かも。

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2004.03.29

実写マジンガー

ずーっと昔に大先輩の怪獣ファンの人が「実写版のマジンガーが有ったら凄いよね」と言ってるのを聞いて、なるほどなぁ、と思ったことがある。

長いこと永井豪先生の作品は実写化に恵まれてなくって、今度のキューティーハニーとかデビルマンとか、凄いものになってくれればいいなぁ、と思っている。

着ぐるみのマジンガーが着ぐるみの機械獣と、ミニチュアセットのビル街で、火薬バンバン爆発させながら戦ったらカッコイイだろうなぁ、とホントに思う。
流れ落ちるプールの水を跳ねながらパイルダーが合体するシーンなんかゾクゾクするだろうなぁ。
光子力研究所も科特隊基地のような大きなミニチュアが作られるのである。それを機械獣が壊しに来るんだから、絶対カッコイイ。
パイルダーの操縦席から戦ってる機械獣が見えるシーンは合成になるんだろうなぁ。
ブレストファイヤーを光学合成で見たいなぁ。

妄想的には兜甲児が石橋正次で、さやかさんが南沙織という配役だったりする。するとボスは浜田光夫か?ちょっと違うかも(^^;

あしゅら男爵とかゴーゴン大公とかピグマン子爵とか、敵は映像化するのに苦労しそうなのがいっぱい居るけど、あのまんまでやる方法も無い訳ではないと思う。

機械獣のデザインなんか面白いのがいっぱいいるので、着ぐるみ怪獣ファンとしては興味しんしんだ。

今造るとCGになってしまいそうだが、アレはやはり着ぐるみで造るべきだと思う。
着ぐるみのマジンガーと機械獣が殴りあうのはきっと凄い迫力だ。

きっと面白いぞ。きっと。

あ、アフロダイAとかどうなっちゃうのかちょっと不安かも。

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2004.03.28

着ぐるみ怪獣の未来

日本の怪獣のスタンダードは着ぐるみ怪獣だ。
着ぐるみ怪獣の利点は、それが人間のする演技だという点に尽きる。
ガワの怪獣だけ良く出来てれば良さそうな感じもするけれど、中身の人が良いと怪獣も良くなる。
私はかわうそではないので「中の人などいない!」とかは言わない。

もう一つ、着ぐるみの利点は、壊れるミニチュアや炎・水なんかとの相性がいい、というところも挙げられる。
ここのところが上手く仕掛けてあると怪獣の迫力がぐっと増す。
水中怪獣のジャンルだと、向こうの奴より日本のものの方が数倍かっこいい。波に絡んで暴れまわるからである。

では着ぐるみ怪獣の欠点は?
どうしても着ぐるみ怪獣の場合、空物は苦手になる。
将来香港とかのワイヤーワークとか導入されて、空中とかで自在に活躍する怪獣なんかも出てくるかもしれないが、今のところ、着ぐるみの怪獣は空中ではあまり活き活きしていない。

もう一つ、根本的で最大の弱点がある。着ぐるみは人間の体型に制限されるという点である。

スタンダード怪獣のカッコ良さはもちろんあるのだが、そればかりだとバラエティさに欠ける。ペスターとかタッコングとかツインテールとか、工夫してある名怪獣も確かにいる。中の人間のプロポーションを意識させないような作り方もされている。しかし、どうしても人間の体型に制限されてしまう所が歯痒い。
人間体型の制限さえ取れればもっともっと自由なプロポーションの怪獣が見られるのに。

素人考えだが、半分着ぐるみで半分CGの怪獣とか作れば面白いかもしれない。
今までCGの怪獣という奴も結構出ているのだが、どうしても今一つの満足感に欠ける所がある。
どこか軟体動物みたいな印象が残る。
半分CGの怪獣というのは文字通りの意味である。人間の着た着ぐるみ怪獣に、CGで作った部分が足してある怪獣である。プロポーションの制限が弱まる。
例えばデザインのままではトップヘビーで演技がし辛い場合でも、重いトップの部分はCGに任せてしまえれば、デザインだって生きるし演技もしやすく出来るだろう。軽い素材でガイドだけ作ってマーカーを取り付ける。そこに違和感無いようにCGの部品を付けてもらう。
ミニチュアを壊したり水に絡んだりする部分は着ぐるみなのでダイナミックさも殺されない。
テレビだと難しいかもしれないが映画なら可能じゃなかろうか?

どうせならモーションキャプチャーで動きだけ取り込んでしまえばいい、とか言われそうだが、それだと怪獣が全部はめ込みになってしまってミニチュアに絡むダイナミックさが薄れる気がする。
パーティクルの水しぶきはなんか弱い。本物の水でないと。

リーグオブレジェンドを見ていたら、ハイド氏の着ぐるみが凄く良い出来になっていた。
ああいうアプローチの方法もあるなら日本でも採用して欲しいなぁ、なんて思って見ていた。

CGもどんどん採用して、海外のいい方法はどんどん取り入れて、冒険的で新しくてかっこいい着ぐるみ怪獣を作って欲しい。

怪獣の未来の為に。

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2004.03.27

また駄目な俺の怪獣

あああ。またやってしまった。
ホームページの方で不定期に新怪獣を発表しているのであるが、今回のもやはり。

何がちょっとかというと、私は「怪獣デザインはディテールに凝るのではなく、フォルムにインパクトのあるものを」というのを目標にやっている。確かに目標にしているのだが、なかなかうまくいったためしがない。
今回のはなんかゾイドみたいだ。
いや、ゾイドが悪いと言ってるのではない。ゾイドは好きだ。楽しい。
しかしかっこいい怪獣というのはまた違う処にあるものなのだ。

芸術的な素質という物が無いんだろうなぁ。

怪獣という物はプリミティブな物だから、その形も塊に勢いがあるものでないといけない。練られていない形の物に奇抜なパーツを付け足していくだけじゃいかんのだ。
ぱっと見て特徴が印象ずけられるようでなくてはいけない。
その辺が弱いようだと名怪獣とは言わない。

ネットを眺め回しても、美少女とかクリーチャーばっかり。
誰も怪獣なんか考えてない。
怪獣を考えるには洋服とか工業製品とかそういうものをデザインするスキルとは別の感性が働かなくてはならない。
いたずらに奇抜なだけでもいけない。
風格があって威厳があって、面白さもなくちゃいけない。

頭で考えてるようでも駄目なんだろうなぁ。

今回のは有名怪獣に似ている。
そこもまたいけない。
いつも新しい処に切り込んでくようなモノでないといかんのだ。
名怪獣にはまだまだ学ぶところや発見する所があって、という事は、まだまだ私には新怪獣に取り組むのは早いという事なんだろうか。

こういう時に救いになるのは、ただ一つ。
作りつづける事しかない。
作って作って作りつづければ、そのうちにましなのも出てくるはずだ、と思いたい。

凄い怪獣を!凄い怪獣を!凄い怪獣を!

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2004.03.26

ゴモラ対テレスドン

そういうビデオが出るとかの話しじゃない。ウルトラファイトでもない。
怪獣ファンなら良くやる遊びで、しかも恐らく怪獣好きなら誰でも子供の頃にやった、ということはかれこれ30年以上も続いている由緒ある遊びである。
だってホラ、30年ったら商売だったら成功してる部類だろ。

怪獣ファンには言わずもがなだが、とりあえずいちいち細かく説明していく。邪魔臭いとか言わない様に。

まず戦わせる怪獣をチョイスする。
その日の気分でとんでもない組み合わせにしてもいいし、6頭ぐらいが入り乱れるバトルロイヤルでも良い。
今回はどちらも二足歩行の地面に潜れるタイプ、同じジャンルの怪獣同士が戦う。

と言ってもやはりどちらにも特徴があってその辺が戦いに色をつける訳だ。

ゴモラはジョンソン島に生き残っていた古代怪獣。発見されて大阪に運ばれる途中で逃げ出し大暴れ。ウルトラマンを太い尻尾で軽くあしらうパワータイプの怪獣である。一度ウルトラマンに勝っている実力派。
テレスドンは地上征服を企む地底人が送り込んだ地底怪獣。科特隊のムラマツキャップに「なんて恐ろしい奴なんだ」と言わせる頑丈な身体の持ち主。口から火を吐く。しかしウルトラマンは特に苦戦していない。
実力ではゴモラ有利だが、テレスドンは眼つきがズルそうだし地底人もついている。結構いい勝負になるに違いない。

怪獣をチョイスしたら次は軽く戦いに到る理由を考えておく。
もちろんいきなり戦わせても良い。時間がない時なんかはそれで良い。時間がない時に怪獣ゴッコなんてするな、とか言われそうだが。
軽く経緯を考えとくと、戦いの展開が面白くなったりするので、一応考えておいたほうが良い。
深く綿密に考えちゃうと、怪獣ゴッコやるより短い小説かなんか書きたくなってしまうので、あまり深く考えない事をお勧めする。

ゴモラは普段ジョンソン島に住んでいる。海の真中の小さな島に地底人がテレスドンを派遣する事はあまり無さそうなので、ここはやはり日本へ運ばれている時に逃げ出した事にするのが良いだろう。そこに偶然テレスドンも派遣されていて二頭が出会ってしまう訳だ。
ジョンソン島には実は未発見の鉱石かなんかが有って、地底人がテレスドンを派遣してそれを採掘しようとしている処にゴモラが、でもいいのだが、それだと科特隊も絡んでこないし戦車隊とかも出動してきそうにない。ちょっと面白みにかける。

さて、準備するものは。
なんと言ってもゴモラとテレスドンの人形がいる。
同じスケールが望ましい。おもちゃ屋さんに行くとたぶんどちらも売ってるんじゃないかな。
食玩とかばら売りしている店に行って探すのも楽しいかもしれない。
ガシャのHGウルトラシリーズというのがあるのでその辺が良いだろう。
最近の食玩はリアルだし、なんと言っても小さいのでしまっておくのに便利だ。それにあまりいないかも知れないが、小さいとどこにでも持ち運びできる。もちろん正しい社会人のヒトに怪獣の持ち運びはお勧めできませぬ。

次はビートル。科特隊の専用VTOL機である。
その辺の大型ヘリコプターの模型でも良いがやはりビートルが燃える。
これもおもちゃ屋さんに行けば手に入る。ウルトラメカシリーズとかがあるので、それをホーク1号やガッツウイングなんかとまとめて手に入れてしまうと、後々楽しい。
ここで正しい社会人のヒトはちょっと気後れする。大丈夫。恥ずかしくはない。平気な顔で買えばいいのである。店員さんだってあなたがまさか自分で遊ぶとは思っていない。きっと子供にプレゼントか何かだと思ってくれる筈である。
恥ずかしいからといって買っても大丈夫そうなプラモコーナーのビートルとかに手を出してはいけない。それだと手段と目的が摩り替わってしまう。もちろん欲しかったら買っても全然問題ないが、今は怪獣ゴッコの道具立ての為に来ているのだという事を忘れないように。

戦車も有ると楽しくなる。
いい時代になったもので食玩でワールドタンクミュージアム、という奴が出ている。これを適当に3台くらい揃えれば良いだろう。もしあなたが戦車ファンでいい加減な設定のバラバラな編成の戦車隊では嫌だ、というのなら、しかたないので食玩をばら売りしてるお店に行って見繕ってください。私は戦車には全然詳しく無いので74式とエイブラムが混じってても全然気にしないのだが、なんにせよ気持ち良く遊べるに越したことは無いので、ご自由に。

あとは小さな空き箱とかを集めて欲しい。これはビルである。並べるとビル街になる。
鉄道模型なんかで手ごろな大きさのビルの模型とか売っているのでそれを集めても良いけれど、結構値が張るそうなので、怪獣ゴッコにはあまりお勧めしない。怪獣がエキサイトしたら蹴っ飛ばして転がったりするからである。壊れたらもったいないじゃないですか。

大体このくらい揃っていれば満足な怪獣ゴッコができる準備は整う。
あとはミニカーとか小さな人形とかエキストラでそろえられるならそれも良い。臨場感がアップする。
臨場感といえば、ウルトラマンのBGMのCDとか掛けて盛り上げるのもなかなかオツである。ところがCD屋さんなんかでは、今はなかなかウルトラマンのBGMのCDとかは売ってない。ちょっと前なら有ったのだが。どうしても欲しい方はネットで通販という事になる。子供の頃には出来なかった技だ。

さて準備は出来ただろうか?
揃えられなかった?
大丈夫。揃わなかったら何かで代用するとか、想像力で補うとか色々方法が有る。
全部想像力で済ませてしまうことだって上級者になれば出来ます。

さあ、準備は整った。ゴッコ開始、のその前に、座敷犬とか猫を飼っているなら部屋から出ていただく。どちらもきっと怪獣より凶暴なのでゴッコに乱入されると筋書きが変わってしまうからだ。同様の理由で赤ちゃんも退場していただく。

女の子も退場していただかねばならない。悲しいことだが仕方が無い。彼女たちがゴッコに混ざると「こっちの角の生えたほうがお父さんでこっちが腰の曲がったおじいちゃんね」って言ってリカちゃんかバービーちゃんが乱入してきて、血湧き肉踊る怪獣ゴッコが、愛憎渦巻く家庭ドラマになってしまうからだ。「お父さんは私の事愛してないの?別れましょう!坊やは私が引き取ります!」とかになる。お父さんはゴモラだぞ!ああ、恐ろしい!

奥さんも退場して戴く。
いくら夫婦仲が良くてもこれだけは守っていただく。
彼女たちは怪獣ゴッコがクライマックスに差し掛かっている時に、突然何気ない一言を発して、猛烈な勢いで現実に引き戻し南極の冷気もかくやという冷たさでプレイヤーを凍りつかせるからである。これは必ず、高い確率で、こうなる。そして来月からあなたのおこずかいが1000円安くなったり、晩御飯にビールが出なくなったりするかもしれない。
私はとても怪獣を愛しているが、他所様の家庭に波風を立てるつもりは毛頭ない。奥さんには隠れてやっていただきたい。

怪獣ゴッコは孤独な男の遊びなのである。

それでは空き箱とか並べて準備をして、始めよう!

科特隊は中谷教授の依頼で古代怪獣ゴモラをビートルで日本に空輸する事になった。キーン。だが麻酔弾の効き目が弱かったのか、ゴモラが暴れだした!ギャオー、グラグラ!「いかん!このままでは墜落する!やむをえん。ゴモラを切り離せ!」しかしゴモラは高度2000メートルからの落下の衝撃にも耐え、市街地に向かって進みだした。ギャオー!ドカーン!ガラガラ。「戦車隊に出動を要請するんだ!」キャラキャラキャラキャラ。「攻撃開始ー!お!なんだ?」
突如地面が揺れ始めて地底からテレスドンが出現する!グワーッ!ガオー!ガラガラッ!「テレスドンだ!くそー!こんな時に!」「キャップ、ゴモラの進行方向にテレスドンが!」「そうか、ゴモラが突然暴れだしたのはテレスドンの存在をキャッチしたせいだったのだな」「このままでは町は全滅です!」ギャオーッ!グワーッ!

あ、いかんいかん。文章の量が結構な事になってしまった。
それに文章書きながらやるより、集中した方が楽しい。
あとは皆さん、ご自由にお楽しみください。

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2004.03.25

怪獣番組と少年

今日はテレビの怪獣と当時のチビッコの話をする。

毎日休まず更新していこうと思っていたのだが、1日開いてしまいましたね。
それというのもマシュー・ペリー(フレンズのチャンドラー)が主演している『隣のヒットマン』を水曜ロードショーでやっていた(しかもフレンズと同じ水島裕の吹き替えだ!)のと、BS2でマンガ夜話の再放送・『ぶっせん』の回をやっていたためだったりする。
なんだ、テレビ見てたのね。
そうである。ワシらの世代はテレビっ子が多かったのである。

ワシらの世代の怪獣ファンという人種にとってテレビは凄く重要なメディアである。
映画の怪獣は年に2・3匹くらいしかやって来ないが、テレビの怪獣は週に4・5匹やって来るのである。
そういう時代に少年時代を過ごしたのである。
どこのご家庭にもたいがいテレビはある。そしてまたその頃はゴールデンタイムに怪獣モノをやっていたのである。なんたって野球の放送が雨で中止になる(その頃は球場に屋根なんか掛かっていなかったのだ)と、替わりに怪獣映画が放送されるくらい、怪獣は大事にされていたのだ。
今の時代なら放送を見逃してもビデオ化を待ったり、衛星放送でやったりするけれど、当時のテレビっ子は大変である。放送を逃したら、もう2度と見る事は出来ないと思っていた。決死の覚悟で見ていた。親に叱られようと近所で火事があろうとテレビにかじりついて見ていた。何かの事情で見たい番組が見られない事が決定する(家族でどこかに出かけなければならないとか)と、天を見上げて拳を握りしめて泣いたのである。
あ、今笑ったね、そこの若い人。でもホントなの。
お父さんとかに聞いてみなさい。
「俺は泣かなかったけど、そんな話はあっただろうなぁ」って言うから。
で、そう答えたお父さんはきっと泣いている。

そんな固い決意で見ていたのなら、さぞかし当時の怪獣番組は素晴らしかったんだろうねぇ。
と、思うかな。思わないか。
素晴らしい番組もありました。
でもひどい番組も沢山あったのです。何とは言いませんけど。
当時の結構面白かった番組でも今の番組と比べたら見劣りすると思います。
やっぱりね。技術は進歩するからね。
しかし、どんなにひどい番組でも必死になって見てました。
なぜか?なぜなら他にする事無かったんですから。

ちょっと考えてみて欲しいんですが、貴方、一人でお家に居る時は、暇つぶしは何やってますか?
ゲーム、友達と携帯で話してる、ネットをぶらつく、ビデオ借りてきてみる。
そんなの当時は全部ありません。
怪獣番組を見て、しばらくその余韻に浸り、今日の番組内容を反芻して確認し、手持ちのおもちゃで出来るだけ今日の場面を再現してみたり、落書き帳に忘れないうちに今日出た怪獣の絵を描いておいたり、思い着いたことを描き留めておいたりしました。
いや、濃い子はそのくらい平気でしてた。してたよ。
ワシらの世代はあの頃の事を『濃厚な怪獣との蜜月』と呼んでます。
ウソです。呼んでません。

発展途上の頭脳で沢山の怪獣に対する考察が生まれては埋もれていった事でしょう。
クラスに必ず一人か二人、怪獣博士と呼ばれる子供がいました。
テリトリーに怪獣博士が二人居ると大変だよ。
資料の数は奴の方が多いがどっこい俺の方が質が高い、とか、しまった!新作ガメラの情報で奴に遅れを取った、とか、今日奴に歩み寄ろうとしてみたがやはり無理だ!奴は星人派だが俺はゴモラ派なのだ、とか。
怪獣学でイニシアチブを取る為にはたゆまぬ研究をしなくてはなりません。
金と人脈だって大事ですよ。
資料を集めたり映画を見に行ったりといったまっとうな使い道ももちろんですが、クラスでの発言権に力をつける為には友達に5円の駄菓子を奢ったりもするでしょう。お菓子で誘って研究発表会(もちろん自分ちで)に人を集めたりもした筈。
人脈だと、女の子のリーダー格辺りを味方に付けるとか、スポーツ万能な奴を学説の広告塔にするとか、真面目に勉強しといて先生を味方に付けるとか。
あはは。大学の研究室と少しも変わらんね。
大人になってもそんな事してるなんて進歩ないねぇ。
研究の方もどんどん進める訳です。
教室では休み時間にお互いの学説を発表しては意見を戦わせ、別のクラスに同じ派閥の友を見つけたり、学年の上の怪獣博士の研究成果を見て驚愕したり、学会誌(学習雑誌とか少年誌のグラビアとか、もちろん怪獣の記事)をライバルに買われない内に捜し歩いたりとか、そこに自分の説が掲載されたで喜んだりとか。まさに研究者。
何で円谷プロの人とか東大の生物学者とか呼んで『チビッコ怪獣学会シンポジウム』とかが代々木公会堂で開かれなかったのか不思議なくらい。
どうして怪獣モノに博士とか出てくるか、これで解ったでしょう。
その方が子供たちの親近感が湧くからです。
ウソ。これもウソです。信じてはいけません。

そういう子供時代を過ごした少年たちが大きくなって今の社会になっているかと思うと…。
可愛らしいですな。<そうか?

しかしですよ。
まだ今のうちは社会でも中堅どころに居るワシらの世代ですが、これがあと20年もするとどうなるだろう、と考えるとちょっと恐ろしくなったりします。
何でかって?
だって貴方、50~60になったらきっと政治の世界に食い込んでくる奴とかも出てきそうじゃないですか。
怪獣博士の子なんてたいがい腕っ節の方は駄目なもんだから口は良く回ったりしたもんです。
食い込んだらきっと美味い事やるに違いないよ。
どんな法案出したりするのかなぁ。
怪獣攻撃チームとか、たいがい税金使った公然の秘密組織だったりするんだよなぁ…。
怖い、怖い。

<自分を棚に上げてはいけません。

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2004.03.23

個人的な怪獣の大問題

怪獣映画の場合、主役は怪獣である。が、それは別に特殊な事じゃない。
動物映画なら動物が主役だし、飛行機映画なら飛行機が主役だし、潜水艦映画なら潜水艦、ヤクザ映画ならヤクザ、アイドル映画ならアイドルが主役だ。
つまるところ怪獣映画と言うのはキャラクター物の一部なのである。

詳しく無いのでアレだけれど、映画に出てくる潜水艦について考える時と、実際の潜水艦について考える時では、足の踏み場所が違うはずである。
違わないのか?
実際の潜水艦がこうであるのにあの映画では違っていた。だからあの映画は駄目である、なんていうのは実際の所少し野暮ったい気がする。
あの映画では潜水艦の描き方が大変リアルで、乗組員の作業手順も正確だし、機関室のセットも本物のように作られていて、何より水中の挙動に嘘がない。だからあの映画は素晴らしい、という時も、それは潜水艦映画として、という注釈が付く訳である。

実際の潜水艦について考える時に、艦内がこんなに狭くては映画でお芝居をさせる時にやりにくいからいかんとか、個室がないと女性が乗り込んで来た時にラブシーンがさせられないから付けるべきだ、とか、そういう考え方はしない。

ならば怪獣についてもそういう風に考えるべきなのだろう。
どうも私はその辺がごっちゃになってしまう。

怪獣について考える時に、どうしてもスクリーンで暴れている光景、とか、どういう風に活躍したら最も効果的な場面になるのだろうとか、そういう考えを切り離す事が出来ない。
そういう風に考えないと燃えない。

これは怪獣について純粋に考える立場からすると邪道だろう。

怪獣は楽しくカッコ良く恐ろしく、感情に訴え掛けるような物でなくてはいけないとか、地底怪獣が出現するならその前になにか予兆があってとか、そういう考えは全て、スクリーン上ではとか、あの映画ならばとか、そういう考えに基づくものだからである。

なのでちょっと映画のことは切り離して怪獣について考えてみなくてはならんなぁ、とか思うのだけれど、それっていったいどうすればいいのだ?

・・・・・・・・・・・・・。

怪獣について考える時にまず「映画じゃないんだから」と頭に付けてみるといいんじゃなかろうか?

「映画じゃないんだから」出現したからといってわざわざ人間の街に出て来る事は無いんだよ。水中に棲む怪獣なんだからずーっと水の中で暮らしていればいいのさ。
「映画じゃないんだから」必ずしも特殊能力を持っている必要はない。むしろ普通の生物は特殊な能力なんて持ってないわけだし。
「映画じゃないんだから」こういういかにも怪獣っぽい姿に囚われる事は無いだろう。もっと自由な発想をしてもいい筈じゃないのか?大きな生物ってのが生きてく為には…。

あー。駄目だ。
逆の意味で純粋じゃなくなってる。

これは私にとって大変難しい問題だ。
普通の人(怪獣ファン)はどうやっているのだろう。
誰か教えてください。

…と、こういうのを考えを弄ぶって言うのだな。

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2004.03.22

スターウォーズと怪獣

昔の怪獣の方が人気が高いみたいだが、実際どうなんだろう?
個人的にも昔の怪獣の方が好きだし、知り合いに聞いてもHPに来てくれる方の意見なんかでも、そんな感じになっている。
ゴジラ、ガメラ、バルタン星人、ゴモラ、エレキング、キングジョー、ツインテールとグドン、バラゴン、ガイガン、ジェットジャガー、ギロン、ギャオス、ジャイガー、大魔神、サンダとガイラ、ゲゾラ、ガッパ、ギララ。
もちろん他にも沢山怪獣がいて、その全部が全部かっこいい訳じゃない。
それでもかっこ良くて人気の高い怪獣が沢山いる。

最近の怪獣で人気が高そうなのは、この間ネタにしたレギオンとか。イリスとか機龍も人気が高いらしい。ビオランテとかヤマタノオロチ(ヤマトタケル)とか、結構かっこいいと思う。実はバトラの幼虫が結構好き。

怪獣物が作られる本数自体、比べ物にならないので、割合的にはそんなに悪い訳じゃないという事だ。
それに、我々の世代が好きだ、という怪獣は思い出の要素、ノスタルジーの部分に助けられている部分も結構あるだろう。
それでもなんだか、昔の怪獣と今の怪獣を並べてみたなら風合いというか出身というか、違う印象があるんじゃないだろうか。怪獣の種類が違う、みたいな。

やはりスターウォーズショックが及ぼした影響だろうか。

1977年に製作されたスターウォーズの大ヒットは、特撮界に大きな影響を与えた。
スターウォーズ以降に特撮に求められるようになったのは、空想のデザインキャラクターでも本当に存在するように見える事、つまりリアル感、である。
すげーリアル、とか、とってもリアルっぽい、なんて言葉を使った事が、あなたもある筈。私もある。
このリアル感、というのが特撮界を席巻してしまった。

もちろん昔の特撮がリアルを追求していなかった訳ではない。
しかし技術的な壁があって、そこを超える事が出来なかった。
スターウォーズはそこの処のブレーク・スルーをやってのけたのである。

スターウォーズというお手本を得て、特撮界はみんなお手本を真似るようになる。
もちろん反発もあったし、日本の特撮だと物理的な理由で追いつけない部分もあったりしたが、それでも形だけ真似てみたりしたのである。
その後、ハリウッドの特撮大作ラッシュが始まり、特撮の流れはそちらに流れていってしまったのである。

その流れが怪獣のデザインにも影響を与える。

メカデザインの世界では一時期、皮膚病メカ症候群という病気が蔓延した事がある。
メカの表面をびっしり凸凹で覆う。ディテールの多さがリアル感と勘違いされた結果である。
考えて見ると解るが、現実のメカでも表面がびっしり凸凹に覆われている必要はない。
デザインの面では表面に大量に凸凹があると視点が整理されず、印象が散漫になる傾向がある。
現在は駆逐された病気だが、デザインから受ける情報の量は、以前より重要に考えられるようになった。

架空の生物をリアルにする為にはどうするか。
現実の生物を参考にすればいいのである。
眼球はただの白い球と黒目ではなく、白い部分には毛細血管が走り、黒目には虹彩を加える。
粘液が分泌する部分はきちんとネバネバと。皮膚のしわのできる部分にはしわを、しわの出来ない部分にはもちろん出来ない。
筋肉と骨格が表面に現われるようならば、それを再現する。
角があるならば、それは骨が突き出たものなのか、それとも皮膚が角質化したものなのかで表現が変わる。
足や腕の太さは、体重がどのように掛かるかで決まってくる。
遂には生物が発生する原則を可能な限り照らし出して、不合理な物は排除していく。

これらが全て架空の生物をデザインする時にデザインに現われる情報になる。実際はもっと色々あるだろう。

デザイナーはそれらの考察にかなりの作業量を費やさねばならなくなる。

その結果怪獣は実在生物の、単なるキメラに成り下がってしまうのである。


スターウォーズショック以前、技術の壁を越えられなかった時代、特撮マンはリアルに見えない作り物を前に何を考えていたか。
映画を面白くする為にはどうすればいいか。人の目を引き、いつまでも心に残るようにする為にはどんなデザインにするべきか。細かく作り込むのが技術的にも素材的にも不可能であるならば、どこを重点的にカッコ良くするべきなのか。
恐らくそんな風に考えていたのではなかろうか。
そして、その結果成功した怪獣も出ている訳である。
もし、怪獣デザインというのが娯楽芸術の一部だとするならば、これらの点は今でも大事な部分であるはずだ。

怪獣のデザインにリアル感を求めるのはけっして間違ったことではない。
そして、技術的に、素材的に、自由に力を揮えるのは素晴らしい事だ。

だがもし、そこにスターウォーズショック以前に特撮マンが考えていた要素をプラスしたなら、「昔の怪獣にはいいのがいたよ。けどやっぱり今の怪獣の方が素晴らしい」と疑問を持たずに言えるようになるんじゃなかろうか。

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2004.03.21

幼稚な怪獣ファンは挑発する!

怪獣物は幼稚なので見ない。と仰る方々は、仰る通り怪獣物は見ていない。
例え数は見ていてもそんな事言ってるようではちゃんと見ていない。鑑賞していない。
怪獣に対して幼稚な考えしか持っていないからそんな見方になる。
また、そういう人に限って初ゴジ以外はみんな駄目、とか言うんだよな。
駄目なのはあなた方の方ですよ。
紋切り型学問主義で思考発展能力の弱い悪い例です。
解りやすく言うと、自分で考えるのが嫌いなのに偉そうな事いうのが好きという、見栄っ張りです。

私も偉そうな事を言うのが好きなバカですが、バカなりに自分で色々考えるのは好きだったりする。
その点でそういう人たちよりかなりまし。

幼稚で結構。
幼稚だろうが石ころだろうが排泄物だろうが、それは全然問題にはならない。
そこから何を考えるかである。
映画を見るのが好きで、映画を見た後で今見た映画に付いて考えるのが好きな人は結構いると思うが、そのほとんどの人が動脈硬化的なステレオタイプな罠に嵌って、怪獣という魅力的な考察素材に気づかない。
かなり名の知れた人でさえそうなのだから、自分で考えるのが嫌いな人はむベなるかな。
世界で一番進んだ怪獣文化の国にいながら情けない事であるな。
日本人は文化面において、そういう過ちを犯しやすい国民性なんだろうか。

しょうがないのでそういう人たちに、怪獣について何を考えればいいのかヒントを上げよう。
(偉そうにしゃべる事が出来るので大変嬉しい。ありがとう)

とりあえず、そういう人たちが大好きな『ゴジラは戦争や原水爆のメタファーであるのでエライ。他はそういうのが無いから駄目』って奴。
実に初ゴジはその辺が伝わり易く作ってあるし、みんなそう言ってるのであなたもそう言ったんでしょう?
しかしゴジラがエライのは原水爆のメタファーだからって訳だけじゃないし、他にそういうのが無い訳でもない。
したがってこのフレーズを使う時はかなり恥ずかしい事を言っていると覚悟して使ってくださいねぇ。
そもそも、50~60年代に生まれた怪獣たちはほとんどが原水爆の脅威をキャラクター化したものとして作られている。タイトルズバリ『原子怪獣現る』ってのがある。リドザウルス。『水爆と深海の怪物』巨大タコ。『放射能X』巨大蟻。
いっぱいいるのでちょっと調べてみればいいかもよ。

大体怪獣ってのは何かの象徴として作られてるもんなのだ。
最初のキングコングは大不況にあえぐ文明社会に対する活力に富んでて荒々しい未開の力の象徴だし。

フラバラのフランケンシュタインは第二次大戦によってゆがめられた人間性の象徴で、それがしかしまだ優しい心を持っているところに意味がある。
ついでに対戦相手のバラゴンは、そんなフランケンシュタインを生み出したような人間でも敵わない自然の猛威の象徴であるけれど、フランケンシュタインがそれに勝利する事に意味があるんじゃない。そうした歪められたフランケンシュタインが人間の為に果敢に戦いを挑む所に意味がある。勝利はご褒美なのである。

『ダイゴロウ対ゴリアス』のはらぺこ怪獣ダイゴロウは、当時鍵っ子とかもやしっ子とか言われた子供たちの象徴だ。
弱弱しく頼る者もいない。周りの大人たちはその扱いに慣れていない。しかしたとえ不器用でも一生懸命、愛を持って接してやれば、怪獣ダイゴロウもたくましく成長するのである。

平成ゴジラVSシリーズの敵怪獣たちは全てドッペルゲンガーになっている。(バトラはモスラのドッペルゲンガー)
家族愛やモラルが薄れて個人主義が肥大化した社会では、最大の敵、向き合って乗り越えなくてはならないのは自分自身である。大きな視点で見れば簡単にその象徴性に気づく筈。

とまあ、ちょっとした怪獣ファンなら誰でもこのくらいは考察終了してる。

それが、怪獣ファンなんて映画の楽しみ方を知らない幼稚な人種だなんて見下しているから、原水爆が云々なんて恥ずかしいカビの生えたようなフレーズを平気で使ってしまうのだなぁ。

ほらほら。怪獣ファンより高尚な映画ファンの皆さん。初ゴジが他の怪獣映画より優れている理由は新たに考え出してくださいねぇ。
もちろん我々幼稚な怪獣ファンはナンボでも挙げられるんですよ。

成熟した心から尊敬する怪獣ファンの方々は、大変奥ゆかしいのでいちいちそういう程度の低い事柄には煩わされない。あっしは怪獣ファンとして未熟な方だし、偉そうな事を言うのが好きな俗物でもあるので、言わなくてもいい事を言っちゃうのである。
言わば下っ端っすね。

どうだ悔しいか。
悔しかったら『ゴジラ2000ミレニアム』について示唆に富んだ考察を述べてみよ。
そしたら、なかなかやるジャン、と尊敬してやるヨン。

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2004.03.20

素敵な怪獣入門の逆襲!

怪獣に詳しくない人は全然詳しくない。
そりゃもう「ウルトラマンは手からスペシウム光線だけでなく、水も出す」ってトリビアで82へぇ取っちゃうくらい詳しくないのだ。
ゆゆしき事態である。<そうなのか(^^;

やはりここは難しいなどと言ってはいられない。
万人を啓蒙して優しく誘う怪獣入門篇となる作品を作らねばならんではないか。
ではどんな物を作ればいいのか?

まず頭に浮かぶのは子供向けの怪獣大百科の類である。
色んな怪獣の活躍シーンが編集されているビデオなどが、ビデオ屋さんやおもちゃ屋さんで売られている。
あれも楽しいのであるが。
しかし良く考えればアレは既に怪獣に興味が湧いているお子様たちに対して企画されている商品である。
是非これからも、怪獣好きなお子様たちの好奇心を満たして、より怪獣の知識を深めていってもらいたい。
頑張っていただきたいが今回の趣旨とはちと違うのでお引き取りいただく。

作らねばならないのは怪獣に興味が無い人たちに怪獣に対する興味を湧かせて、色んな作品を探し始めたりしだすような、その糸口になりそうな物である。

政府とか地方自治体の広報ビデオみたいな奴はいけない。
いけないのであるが、たまにそういうビデオにオリジナルヒーローと怪獣、「環境超人キレイダーとゴミギラス」みたいなモンが出て来たりして楽しかったりする事もある。
きっとそういう所にも人知れず頑張っている怪獣ファンの方々がいるのだなぁ。
肩身は狭いだろうが頑張っていただきたい。
まあ、いくらなんでもそこから怪獣への興味が湧いたりする事はなかろう筈(そういう意図で作られたモンでも無いし)なので、今回はやはりお引き取りいただく。

まずお話が怪獣に興味が無い人たちでも見たくなるような内容の物でなくてはならない。
そういう部分でひきつけておいて実は怪獣物になっている。言わばだまし討ちである。ゆゆしき事態であるのだから手段に構っていられないのである。怪獣の部分をまじめに丁寧に作っておけば、だまされて怒っちゃう人もいるかもしれないが、少なくとも怪獣ファンの方々には心に留めて貰える。ってそれじゃ駄目か。目的を見失っておるな。

が、しかし、アプローチはそこから始めよう。

サラリーマン向け週刊誌の三本柱はなにか?と言うと、「金と権力とSEXネタ」だという。
週刊誌の袋とじでセクシーなお姉さんの写真と「秘密の部分大公開!!」とか云ったキャプションで目を引いといて、中に怪獣の解剖図とか入れといたら楽しいかも。いや、楽しくないか。俺は楽しいけど。
女性誌の三本柱はなんだろう?有名人のスキャンダルと実話体験談、美容・健康ネタ辺りか。
一杯の掛け蕎麦とかマディソン郡の橋とか他愛ない所で彼女らは涙腺が緩むみたいだから、意外と簡単かもしれないぞ。って、貴様、なめとるな(^^;
なんだか世界征服を企むアホな宇宙人みたいになってきた。

少年漫画誌だとどうなるか?「勝負と可愛い女の子とウンチク」になって来ているんじゃないかね。時代は。
ジャンプがマガジンに負けてるのはウンチクの部分が弱いからだと思われる。私見ですが。
少女雑誌ではどんなもんか?「芸能界と恋愛(刺激的)とファッション情報」なのか。
やっぱりなめてるな!すいません。

以上の点に留意して話を捏造すると。
【少女たちの恋愛対象になりうるようなイケテる主人公が、“やむを得ず半裸状態の”美少女と恋をする。その愛の行為を赤裸々に描きつつ、やがて権力者の金がらみの横車が入る。主人公は一世一代の勝負を挑んで、愛を勝ち取るが、そこには悲しい結末が待っていた。】
って感じでどうでしょう。
主人公はハーフかなんかであんまりセリフはしゃべらせない。
“やむを得ず半裸状態の”美少女も、グラビアで活躍してる癒し系ナイスバディ(古いな)アイドルかなんかでやはりしゃべらせない。
衣装デザインの方にも力を注いで、ファッション方面も抜かりなくしなくてはいけない。
権力者との戦いには、経済評論家かなんかをブレーンに呼んで、「カバチタレ」とか「ミナミの帝王」みたいな経済ウンチクを散りばめたりする訳である。
舞台を近未来的な架空の世界かなんかにして少年層にアピールするのも忘れずに。
監督はMTVっぽい感性の人を起用してスピード感を大事に演出するのだ。
うーん。金は掛かりそうだが一般人の興味を引きそうなネタはばっちりだ!
<やっぱりなめてんな。

しかし、怪獣はどうした!怪獣は!
もちろん抜かりない。
良い怪獣物にする為には怪獣は出番が多くなくてはいけない。怪獣になにかテーマ性を象徴していなくてはならない。自然の中で暴れまわるよりも都市部で暴れるほうが受けがいい。
その点に留意して怪獣の設定はこうする。
過去に環境改造プロジェクトが失敗して、この世界はゆっくりと滅亡に向かって進んでいるのである。悪性環境物質を体内に取り込んで無効化するように開発された微生物が、突然変異で人類を脅かす巨大生物に変貌している。
その怪獣との戦いがこの世界ではもう100年以上続いているのである!
この場合、怪獣は人類の悪行や過ちのメタファーとなり、滅亡プロセスの実行者となっている。
そんでもって主人公が人間側の防衛部隊の兵士って事にしておけば、怪獣、出ずっぱり(^O^)
細かな描写のツボを外さなければ、怪獣は生きるのだ。
人間ドラマに密接に関係してなくても、画面にパワーが溢れていれば全然オッケー!

終末的世界でファッショナブルってのは受けるんだよ。いっひっひ。
悲しい恋の結末にレディな涙腺は大解放状態。涙の海でばっちり。
愛くるしい“やむを得ず半裸状態の”美少女がきわどいシーンでフィギュア展開なんかもしちゃうとオタクなあなたもキャッチザハート。
えらいお金が掛かりそうだが、なーに。ニュージーランドに行ってスチーブ・ジャクソンに撮らせりゃいいのだ。
奴は怪獣ファンだからな。
出演者が外人だとありがたがる傾向があるから、全部外人でやってもいいぞ!

どうだこの隙の無い計画ゥ!
こんな映画が公開されたら怪獣ファンが増える事間違い無しぃ!

ホントにこんな映画作られたら、絶対、絶対…。

ぜぇぇぇったいぃっ、見ない!
いやじゃそんな映画!こんなん怪獣モノでもなんでもない!
こんなのエゴイスティックで金儲け大作主義の腐ったゴミじゃ!
こんなモン見せられるくらいなら死んでやる!さあ殺せ!
くそっ!くそっ!このっ!このっ!
俺は認めないぞーっ!


「はいはい。わかりましたから落ち着いてねー。今先生が来ますからねー。ちょっとお注射打っときましょうねー。いい子だからこのお洋服着てくださいねぇ。暴れてお怪我するといけませんからねー。じゃあ一人になれるお部屋に行きましょうねー…」

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2004.03.19

素敵な怪獣入門

怪獣に詳しくない人は全然詳しくない。
怪獣映画なんて見た事が無いし、ゴジラとガメラの区別がつかない。レオも80もティガもセブンもみんなウルトラマンだし(下手するとみんな仮面ライダーかもしれない)、大体そういう物を区別しなくちゃならない理由が解らなかったりする。
恥じる事はない。
地球人類の99%はそういう人たちだ。
(え?恥じてない?そうですか。ごもっとも)

そういう人たちを怪獣の世界に引き込む、解りやすくて面白い、ぐんぐん怪獣に興味が出ちゃうようなそんな作品は無いものだろうか。
言わば怪獣入門篇。

SFの世界ではふた昔くらい前に、初心者に読ませるならどのSFを読ませるか、みたいな事が話題になった事があった。えーと、どんなのが有ったっけな。
アシモフとかクラークとかは入ってたような気がするな。「宇宙気流」とか「幼年期の終わり」とか。
「冷たい方程式」とか「にせもの」とかの短編も挙がってたかも。
ウェルズとかベルヌとかの古典の名作もいいかもしれないし、スカイラークとかキャプテンフューチャーとか火星シリーズとかの活劇から取り合えず入っとけ、っていう意見も有ったはず。

今はもうそんな話される必要も無いかもしれない。
公開される大作映画は高い確率でSFになってるし、ティーンズノベルなんか大体SFかファンタジーだ。

それじゃ怪獣の場合は?
どの辺りから見始めると怪獣物のお得意さんになってもらえるんだろう?
これが非常に厄介な問題かもしれない。

詳しい怪獣ファンでも名作と言われてる物には意見が分かれる。
最初の「ゴジラ」。
やはりこれがないとその後の日本の怪獣物の歴史は始まらなかったわけで、名作の資格は充分ある。
しかし入門篇としてはどうか?うーん。
暗い画面が結構続くし、なにぶんもう50年前の映画であるし。
これから始めてください、というのは、なんだか教科書に載っている夏目漱石とか芥川龍之介とか、あの辺から読書を始めてくれと言ってるような感じで気が引けちゃうのである。
芥川龍之介とか読み始めるとぐんぐん引き込まれる面白さなんだけど、教科書に載っているというだけでなんだか腰が引ける。
もうちょっと砕けた方向から軽く入っていただくのがいいのじゃないか?

自分自身を振り返って見ると「ウルトラマン」から入ってもらうのが良いような気もするのだが。
バラエティに飛んでるし楽しいし、とか思っているのだが、これだってもう40年近く昔の作品である。
楽しいと思ってるのはあっしたちの世代だけで、今のもっとテンポの速い作品になれちゃってる世代の人たちには正直退屈な所かもしれない。どうしても当時の世相がチラチラ垣間見えちゃうし。

それじゃやっぱり最近の奴からいいのを選んで入門篇にすればいいんじゃないか。って事になると、やっぱりうーん、と考え込んでしまったりする困ったおじさん(私です)。

確かに平成ガメラシリーズとか良く出来てるし、入門篇としては妥当なような気もするんですが、平成ガメラを好きになっちゃった人が、昭和のガメラも好きになってくれるだろうか?
なんか「平成ガメラは好きだけど昭和のガメラは駄目ね」とか言われちゃいそうで怖いのですな。
いや、そりゃぁ駄目な所もあるけどさぁ。
そういう駄目な所も楽しんでもらえるような立派な怪獣ファンに育ってもらいたいのである。
<なぜ育てられなきゃいかんのか?そりゃそんな義理はないのですが。
世の中いいものばっかりじゃないしイイトコロだけ持ってる人間なんて一人もいないのである。
長所も欠点も一まとめに好きになってこそ愛と言えるんじゃないですか?

ううう、なんかこの文章、歯切れが悪いぞ。

それじゃ平成のゴジラはどうなのよ?って事になりますか?
やはりその話題に触れにゃならんですか?
いや、平成のゴジラ、頑張っているですよ。
毎年公開してくれて、天下の東宝グループだから日本全国どこでも見られる。心に怪獣スピリットが有ってまだ目覚めていない少年少女たちを目覚めさせてくれる役割を果たしているのではないですか。
一生懸命話題も作ろうとしているし、新しい所も取り入れようと努力しているし。
しかし毎年見に行ってるにもかかわらず、見終わって劇場を出る時に、心になにかすっきりしないものが残るのはあたしだけではないでしょう?(と、共犯者を探す)
怪獣ファンにしたい人を、あなた自信を持って最近のゴジラ映画に連れて行けますか?
見終わった後に怪獣が好きになってなかったら、悪いのはその人のせいだとキッパリいう事が出来ますか?
既に怪獣ファンになっている人を連れて行くなら、安心してスクリーンを眺めていられます。あたしなら。
そうでなかったら、隣の反応が気になって、気になって。
そんなんでは入門篇とは言えないのですよ。任せられんのですよ。
(ああうう。言ってしまった(TT))

ふうう。
どんなものが怪獣物の入門篇になるんだろうなぁ。

怪獣物というからには怪獣が引き立ってないといけない訳ですね。
後から思い出されるのは今見た怪獣のあんなシーンやこんなシーン、小さい子だったら後で真似して怪獣ゴッコをしちゃうような、そんなシーンが満載になってないといかん訳ですよ。
入門篇であるのだからマニアでなくても解る話であるのは当然です。
怪獣映画の基本的な部分もしっかり押さえていなくてはならんでしょう。
入門篇はスタンダードな形を取るべきである訳で。
かつ面白いお話であるというのも当然な訳で。
何十年後でも安心して勧められるなら入門篇として理想的。

…って。
難しいよ。難しすぎるよ。
ひょっとすると入門篇というのは、造るのがとても難しいのかも。
名作ヒット作を造るのよりも難しいのかも。

え?問題を勝手にややこしくしてるのはあっしですか?

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2004.03.18

レギオンを迎え撃て!

平成ガメラシリーズは最近の怪獣物の中では特に人気が高い。樋口特撮監督の細かなカット割りの丁寧な積み重ねと作りこみで、怪獣描写が痒い所に手が届くような納得の画面になっているからだ。もちろんシナリオがより怪獣に突っ込んだ視点で描かれているというのもナイスな部分である。
そんな平成シリーズの2作目、『ガメラ対レギオン』に登場する兵隊レギオンについて考えてみたい。
兵隊レギオンの何に付いて考えるか?
あそこである。
兵隊レギオンの死体を解剖しようとして刃物を入れたらぷしゅーっとガスが漏れる、あそこ。
あそこ、ビクッとしましたよね?ね?

兵隊レギオンどもはガラスを食う事が出来て、食ったガラスは珪素と酸素に分解して活動に利用してるらしい。確か。
だからと言って酸素をそのまま使っている訳ではなかろう(草体レギオンは酸素を大量に放出する)が、とりあえず奴等は筋肉ではなくてガス圧で身体を動かしているらしい。
たんぱく質で出来た人間の筋肉は膨らんだり縮んだりして身体を動かしている。
兵隊レギオンは筋肉の代わりにガス袋が膨らんだり縮んだりしている訳だ。
解りやすくて異質な感じが出てる良い設定ですな。

さて、問題はガス袋の中の空気を何が膨らませたり縮めたりしているかだ。

ガス袋に別な所からガスを送り込んだり抜いたりしてるんだと、私は最初、思っていたんですが。
よく考えたらそれって変ですね。それだとガス圧に頼らない可動器官が奴らの中に有る事に。
メインのパワーはガス圧を使っているのだから、その器官はサブという事になる。しかもその器官はメインパワーより強い力がないとガス圧を調整出来ないんではなかろうか?だったらなんでサブなんだろう?
メインパワーより力が強いのにサブでしか使われてないというのは合理的じゃない気がする。
なにか理由があってサブになってるんだろうか?
メインで使うと危険だとか?
強い力を出すけれども器官自体が非常にデリケートなので体中に張り巡らす訳にはいかんとかの理由か?
(例えば脳細胞みたいな感じを想像して欲しい。傷つきやすいので一箇所に集めて頭蓋骨で守られている)

なんとなくそれでも説明が着きそうだが、劇中でそんな器官について触れられている個所はない。
ここは劇中で描写されている特長で説明出来たほうがスマートだろう。
それに大体どこかからガスを抜いたり入れたりしているというのは私の勝手な思い込みである事だし。
なので別の説明を考えてみる。

兵隊レギオンは電磁波でコミュニケーションを取っているらしい。
ネオンサインの発する電磁波や携帯の電波に反応している描写があったし、そういう説明もあった。
巨大レギオンの攻撃にも電磁波を利用したのがあった。
なので、兵隊レギオンにも電磁波を発する器官があると想像してもおかしくはない。
電子レンジは電磁波で水分子を加速させて熱を生み出している。
兵隊レギオンもそういう原理でガスを暖めて膨らませているのだろうか?
それで機敏な動きができるのだろうか?(電磁波を当てると瞬間的に膨張する?)
縮める時は?温まったガスを抜いてどこかに集めて冷やすんだろうなぁ。
すると兵隊レギオンが集まってる穴とかそうとう暖かくなるなぁ。

そこでフと気づく。
解剖された兵隊レギオンは死んでから相当時間が経ってる筈だ。
なのに勢い良くガスが噴出してきたって事は、温度とは関係なく体内のガスが高圧の状態で保たれているという事だ。
するとやはりガスをガス袋に入れたり出したりして調整してるんだ。
ムムム。
しかも恐らくガスの移動には電磁波が関係している筈。
…となると。

スペースシャトルの燃料は磁力で配管の中を移動している、という話を聞いた事がある。
燃料に磁気を伴った微粉末を混ぜて、磁力に反応させ易くしているらしい。
兵隊レギオンのガスが噴出した時に白く見えていたのは、なにかそういう微粉末が混じっていた為に白く見えていた、というのはどうだろう?
空気と混じっていられるくらい軽くて、電磁波を当てられると動く性質のもの。
なんだろう?地球には無い特殊な物質か?
いやいや、それだと星から星へ巡り歩くレギオン共生体にとっては不便だし。
地球でも宇宙のどこでもありふれた物質の筈。
ひょっとして水か?レギオンのガスには水蒸気が混じってるのか?

水なら電磁波で空気よりも速く熱する事が出来る筈だ。
体内のガス自体は高圧のままで構わない。ガス全体を暖めるよりエネルギーも少なくて済む。
ガスが高圧に保たれているなら、電磁波のエネルギー供給が止まればすぐに水蒸気は水に戻るんじゃなかろうか?
映画で描かれていた位の敏捷性は発揮できそうだ。
なんかいい感じじゃないですか?

もしそうだったとしたら…、と怪獣者の妄想は転がっていくのである。
平成ガメラシリーズでは怪獣の相手は自衛隊がやっていたが、これが東宝特撮なら防衛軍が相手になる。
防衛軍であれば新兵器の開発はお手の物。

「彼らはコミュニケーションだけでなく、身体を動かすのにも電磁波を利用しているのです。地球の生物にとって酸素は必要不可欠の物ですが、高純度の酸素は毒になります。それと同じ事がレギオンの電波にも言えるのです!」
と、レギオン対策会議で科学者の提案があって、ただちにレギオンが使用している以上の強い電磁波を放射する兵器の開発が始められるわけですね。
もちろん!もちろんパラボラ型をしている訳ですね。
牽引車に引っ張られたパラボラ兵器が関東防衛ラインに並べられて、レギオン軍団の到着を今や遅しと待ち構える訳っすねぇ。
ううう。燃えるシチュエーションです。

平成ガメラシリーズでは今一つ人間側の対応がふがいない所があって、そこのところが物足りない。
ドリルが特撮メカの一方の雄ならパラボラ兵器はもう一方の雄。
平成ガメラシリーズにそのパラボラ兵器が登場する可能性が見えたりなんかすると、怪獣者としては興奮を隠し切れないのでありますが。

皆さんはいかがかな?

なに?邪道?シクシク。

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2004.03.17

怪獣と海

夏になると海を見に行きたくなる。
晴れ渡った空の下に、どこまでも青い海が広がっているのを見ているだけで、心がウキウキしてくる。
押し寄せる白い波にさわやかな潮風。
照りつける太陽の下で白い砂浜に立っていると、不機嫌でいる事は難しい。
海の向こうに思いを馳せ、沈む夕日に素直に感動し、月光を映す波の輝きに不思議な思いをして、また朝日が上る。
夏の海、春の海、冬の海、秋の海。
雨の日、曇りの日、嵐の日、凪の日。
海は様々な表情を見せる。
人の思いが海の表面だけを滑っている時、海は豊かで美しい隣人だ。

しかし、一端その思いが海の底へ、より深いところに赴く時、海は姿を変える。

海。地球の表面積の7/10を占める未知の世界。研究は進んできたものの、波の下にはいまだに人類未踏の世界が広がっている。
フェリーとか客船とか、大きな船に乗って海に出た事がおありだろうか?
甲板から波の下を覗き込んで、「この下には100メートル以上も水しかないんだなぁ」などと、高所恐怖症のような想いに囚われて足がすくんだ事がある。
もし、太平洋の真中でヨットか何かに乗ったまま、高さが5メートル以上も有るような三角波に揺られていたら、この膨大な量の水を揺り動かす力の大きさに脅威を感じるだろう。
夜の海や、日の光が届かない深海の事を想像していると、その黒い水の壁の中で何が息を潜めているのか、そちらの方向に知らず知らず考えが移っているのに気づく。

地底がそうである様に、海もまた怪獣の世界なのだ。

南極探検船「宗谷」の乗組員が見たゴジラのような怪獣。
ニュージーランド沖で日本の漁船の網にかかったニューネッシーの死体。
バーミューダの海底に無数にあるという洞窟“ブルーホール“にはジャイアントオクトパスが潜むという。
東アフリカの海でシーラカンスが発見された時、プレシオサウルスやモササウルスもまた生き残っているのではないかと想像するのは自然な事ではなかろうか?
まだ人間の目に触れた事のない未知の巨大生物が潜む場所は十分にあるのではなかろうか?
バイキングの時代の船乗りたちが見たというリバイアサンやクラーケンは、本当に伝説の生き物なのだろうか?
人間が海の事を知り尽くす日が来るまで、怪獣者はその想像を遊ばせつづける事ができる。

初めて海の側で眠りに就く時に、いつまでもいつまでも聞こえる波の音になかなか寝付かれず、夢うつつの状態で、フと遠くから太古の生物の鳴き声が波の音に混じって聞こえてきたような気がしたりする。
遠い彼方の波のうねりに目を凝らしていると、波間にちらりと巨大な生物の背びれが垣間見えたような気がする。
垂れていた釣り糸を手繰り寄せて、なにかに引っ掛けて切れてしまった時、今の重い手ごたえの主は何だったのだろうかと想像を逞しくする。

南の島に棲む怪獣も、北極の海底に潜む怪獣も、みんな海を渡ってくるのだ。
宇宙から隕石にまぎれてやってくる怪獣も、いったん海底に潜むのだ。

ガイラ、ゲゾラ、ラゴン、シーモンスにシーゴラス、ダコラー、ボスタング、ガイロス、グビラ、ゴリアス、ジグラ、アイアンロックス、リドザウルス、モグダン、クラーケン、etcetc…。

海と怪獣はとても相性がいい。

なぜなら海もまた怪獣なのだ。

巨大な力を秘め、のたうち身震いして、人間におのれの矮小さを思い知らせ、憧れや郷愁や畏怖を抱かせ、様々な想像の出発点となる未知なる魅力を持っている。

だから。
海と怪獣は同じ物なのだ。

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2004.03.16

なぜ怪獣は笑われるか?

怪獣は冷笑の対象である(世間的には)。くだらない。ありえない。バカバカしい。
怪獣にどんな効能があるかはこのblogを始めた時にもう書いたんで、今回は世間がいかに間違った姿勢で怪獣を眺めてあざ笑っているのかを告発せねばならん。
そうでなくては怪獣に未来はない。
戦うぞー!おー!怪獣復権ー!おー!<一人シュプレヒコール

そもそもどんな風に怪獣が笑われるのか?
例えばバラエティ番組で常識的にやり込めて笑いを取る為にこうナレーターが言う。
『身長50メートル、体重一万五千トン。要するに高さ一メートル当たり300トンになる。かなり重くないか。』(笑い被せ)
『つまりこの怪獣が一匹やって来ただけで東京中が凍りついてしまうのである。ありえない』(笑い被せ)
『この火星からきた怪獣は海に落ちて死んでしまうのだ。いくら火星に海が無いとはいえ、攻撃する星の事を研究して無かったのだろうか?』(笑い被せ)
すいませんねぇ。あたしゃ敏腕バラエティ番組プロデューサーじゃないもんで切り口がぬるいっすか?
でもこんな感じでしょう?柳田理科男の方法論的。

もーねー。
こういう『常識的に外れてるからバカっぽい』っていう見方されるとホントにねー。
興味が無いならネタにせんで下さい、と言いたくなるのよ。
怪獣に限った事じゃないけどね。そういう見方。

だいたい怪獣という物はなんであるか?
我々が暮らすこの安寧なルールに守られた社会とか価値観とかに、反在するものとして設定されたものであるのだよ。
そうして設定された怪獣を作中で倒したり制御したり和解したりする方法を見つける事が、怪獣モノの目的であるのだ。一般的作劇におけるアンチテーゼの存在なのだ。
普通のドラマで登場人物にアンチテーゼを表現させる替わりに、アンチテーゼ自体をキャラクターとして活躍させる。ドラマツルギーの進化した方法論と言ったっていいくらいなんだぞ。
したがって常識的な見地から食い違っていてこそ怪獣。
そういう常識的なものに挑戦して暴れまわるのが怪獣の役割でもあるのだ。

それをそれをーっ!

もういい加減ゴジラが誕生して50年も立ってて、来年で終わるっていうのに、まだそんな見方しかできんとは!
この視野の狭い、頭の固い、時代遅れめ!
大衆に主ねて、利己主義で、最先端を目指そうとしない怠け者め!
そこになおって腹を切れ!
豆腐の角に頭ぶつけろ!
このっ!このっ!ぴしっ!ぴしっ!
エーイ!許すまいぞ!

ストレスの溜まり易いこの現代社会において小市民である我々に成り代わり暴れまわり、しかも現実になんの危害を及ぼす事の無いありがたい存在。
レトロソフビの怪獣たちは疲れたお父さんたちに郷愁と癒しをもたらし、しかもそこに社会的に不道徳な要素を持たない。
子供たちには正義と差別の無い広い視野を促し、時に友となり、時に仮想敵となり、時に踏み台となるありがたい怪獣様だ!

それを笑ったな!バカにしたな!興味もないのに飯の種にしたな!
俺は社会人としては不良品だが、健康な心は無くすまいと心に決めてきた。
だが貴様らは社会人としてすいすい世間を渡りながら、心を不健康に、心を不健康にしちまったんだ!
貴様らこそ不良品だーっ!がーっ!<っと火を吹くデビルマン


(あー(・・; 後半全然支離滅裂ですね。失礼いたしました)
<仮想敵に興奮して道を踏み外す良い例である。

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2004.03.15

ヘドロ怪獣に泣け!

ウーはウルトラマン『幻の雪山』に登場した伝説怪獣。ゆきんこと呼ばれる少女を守って現われる。
ザザーンは帰ってきたウルトラマン『怪獣総進撃』に登場したヘドロ怪獣。東京湾に現われるがあっという間にタッコングにやられてしまう。

ウーは白くて長い毛で全身を覆われている。山で亡くなったゆきんこの母親の霊が怪獣になったと言われていて、目を光らせ雪煙を上げ、白い体毛を振り乱して暴れる姿はどことなく神々しい。
ザザーンの身体はヘドロ状の海草で覆われている。どういう経緯で誕生して、あのべとべとしてそうな汚い海草をどんな生物が纏っているのか知らないが、一見して強そうには見えない。(実際弱い)

写真を見てもらうと解る(探してください)が、ウーもザザーンも同じデザインラインの怪獣だ。
しかし誰か怪獣に詳しい人に聞いてもらうとこう言うんではないか。
「ウーとザザーン?まあ、確かに似てはいるけど。でも全然別物だよ。特にそういう設定は無いし」
その通り。
無いのである。
ウーとザザーンを一緒にされては困る、ってのが怪獣ファンの気持ち。
もう少し正確にいうと、ザザーンなんかをウーと一緒にされては困る、という感じだ。

方やあの『幻の雪山』の名怪獣、ウルトラマンに倒されずに静かに消えていったあのウー。
(ウルトラマンと戦ってしかも倒されないというのは怪獣として格が上がるのである)
方やタッコングのかませ犬、ウルトラマンはおろかMATとさえ戦わないあのザザーン。
(ウルトラマンと戦う前にMATとか他の怪獣とかにやられてしまうと怪獣の格が下がるのである)
一緒にされちゃあ困りますねぇ、と意地の悪い金持ちの人みたいに鼻で笑っちゃったりするのである。
フフン。

あああ、ザザーンが可哀相!
汚いし弱いし『いつも泣いてる』とか言われてイイトコ無しのザザーン!
ザザーンよ!
こうなったら俺がなんかイイトコ考えてやるからな。

さて。なにかザザーンのイイトコは…。
能力的には…ないな。
弱いし、特殊能力がある訳でも無いし、同じ公害怪獣のヘドラと比べたって月とすっぽん。

こういう場合人間だったら、実はとっても真面目で気の優しい奴なんです、かなんかいう所だが、怪獣はそんなこっちゃいかん。
確かにひょっとしたら寂しがり屋かもしれないが、そんなのは怪獣のイイトコにしてはいけないのだ。それだと怪獣の格が更に下がってしまうのである。
そういうお話が本編にあってなにか活躍するんならそれもいいかもしれない(ウーがそうだ。他にピグモンとか)が、ザザーンにそんなシーンはない。
ということは性格面でも駄目。

じゃあどうするか。
こうなったら血統がいい事にしてやるしかあるまい。
馬だっていくら駄馬でも○年の菊花賞で優勝した○○の血筋です、とか言えば値段が上がるのだ。
そうだ、その手だ。
で、ここはデザインラインが同じのウーさんに登場していただこう。
こうだ。
『実はザザーンとウーは同じ種類の怪獣である』
経歴詐称?えーい構うものかー!

しかし無理がありそうであるな。
ザザーンを陸に上げたらウーになるか?…たぶんならない。干からびてしまう。きっと。
ザザーンを雪山に連れてったらウーになるか?…たぶん冷凍ヘドロ海草の塊になっちゃう。

同じ怪獣じゃないじゃん!
いやいやそういう事じゃない。

ザザーンとかウーとか、ああ言うデザインのキャラクターから何を連想するか?
ウーの設定は?
そう。なにか得体の知れない感じ。亡霊のようなイメージ。外国のシーツを被った幽霊に近いものがある。
その証拠がウーの、母親の霊が怪獣に、という設定である。
ではザザーンだってそういう怪獣であって何が悪い。
ゆきんこの母親が山で死んで雪の化身のような怪獣になったのなら、ザザーンだって何かの理由でヘドロの塊のような怪獣になったに違いないではないか。

そうだ。きっとなにか悲しい理由で東京湾に身を投げた人の怨念が、成仏しきれずにザザーンになったに違いない。
人生を儚んで海に身を投げたのに、死にきれずに怪獣になっってしまったわが身を嘆いているのかもしれない。
それ程強い復讐心とかが無いので簡単にタッコングとかに蹴散らされてしまうけれども、実はこっそりまた海草を寄せ集めて、海の底に潜んでいるのかもしれない。
もし彼(か彼女か知らないが)に子供がいて、助けを求められたら、きっと恐るべき海の公害怪獣として暴れまわるのだ!
そのときはタッコングなんか相手にならないくらい強くて、ウーのように眼光鋭く光るのである。
そして帰ってきたウルトラマンに倒される事も無く静かに海に消えていったりするのだ。

ホントはザザーンはそういう怪獣なの!
きっとそうなの!いいの!
ザザーンよ。俺はそう信じているぞ!


あ、待てよ。
人間の霊が怪獣化するとああいうタイプになるんだとして…。
フジの樹海で死んだ人なんかは…。きっと全身植物状の…。

それって、ワイアール星人?<宇宙人です(^^;

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2004.03.14

地底怪獣出現せよ!

突如地面が盛り上がり、ごわごわごわっと土煙を上げて怪獣が現われる。
あるいはガラガラっと崖が崩れて、怪獣が踊り出してくる。
地面の中から怪獣が出現するというのは、実にかっこいい。

実際の生物で土の中にいるのは、モグラとかアリとかミミズとか。あとは昆虫の幼虫。
実際に何十メートルもあるような生物が、自在に地中を移動するのは無理があるように思える。
しかしそこがまた醍醐味なんであるよ。

モスラ対ゴジラ(VSではない)でゴジラが埋立地から現われてぶるぶるっと身震いするシーンが最高にかっこよい。
最初は尻尾がドドーンと現れるのよね。あそこがたまらないです。

地底怪獣といえばバラゴンである。
デザインも着ぐるみも、後に何度も改造して使いまわされるくらいかっこいい名怪獣なのであるが、地底から登場するシーンにいいのが無いのがちょっと意外。
冒頭の秋田油田のシーンで地中に光る角が見えるあたりはかっこいいけど。
怪獣総進撃でパリの凱旋門を崩して現われるシーンが、シチュエーション的にかっこいいのだが、アナウンサーも「地底怪獣が…」と言ってるのに、勢ぞろいのスチールなんかにもしっかりバラゴンは顔を出しているのに、出現するのがゴロザウルスだったりする。せっかくの見せ場なのに可哀相なバラゴン。

最近でかっこいい地底からの登場シーンはデューンのサンドワームか。
ごごごご、ごわごわ、ドドーンでかっこいいのである。

トレマーズの一作目がとても好きだがいかんせん、怪獣としてはちょっと身長が足りない。
レギオンとか平成ガメラとかトラゴジなんかも地面の下から現われたりしたけれど、それ程名シーンにはなってなかったですねぇ。

地底から出現するシーンをカッコ良く見せるにはどういうテクニックが必要なのであろうか?

まず伏線を張っておくべきだろう。
地底になにかが居る。それも常識では考えられないような物が地中を移動しているらしい。
謎の地殻変動で温泉が止まったとか、物凄く局地的な地震が度重なって起こっていてそれを時系列に沿って繋げると東京を目指しているとか、トンネル工事の落盤事故の生存者が巨大な動物の唸り声を聴いて光る目を見たとか。
そんなのが望ましい。

文久2年に坂之上の某という侍が地底に棲む怪物を調伏したという言い伝えがこのあたりに残っています。ところがこの間の地震であそこの造成地が地崩れをおこしまして。むやみに山の木を切り倒したりするからいかんのです。
なんてエピソードもいいかもしれない。

花崗岩というのは圧力が掛かると発光するらしい。この間の地割れでなにか光っていたのもきっとそれだろう。と思っていたらそのあたりに花崗岩の層なんか無かったり。

科学者にもなにか言っておいて欲しい。
「地底の研究はかなり進んでると思われているけれど、実をいうと大雑把な物なんだ。地底に何が埋まっているかなんて利用する時になって場当たり的に調べられてるに過ぎない。もしなにか我々の知らないような物が地底に潜んでいたとしてもそれは不思議なことじゃないね」なんて。

そうやって上手い具合に伏線を張っておくと嬉しい。

そうして期待を高めておいていよいよ登場だ。

まず揺れる。
物凄く揺れて人々が大慌てしなくちゃいけない。
「なんだって?地震?こっちは全然揺れてないぞ!」かなんか言って普通の地震じゃない事も印象付けておく。
サンドワームのいる所に雷が落ちるというのはいいアイデアだったなぁ。
なにか副次的な予兆を起こすのもいいかもしれない。
携帯が繋がらなくなるとか。地震雲が発生するとか。動物が騒ぎ出すとか。
「あ!見て!またあのオーロラが!」なんてのもいいかもしれない。
ともかく派手に大騒ぎしておいて欲しい。

そして土ぼこり。
ごーんと土の塊が盛り上がってざらざら崩れる。
ボシューッ、ボシューッと土煙が上がる。
怪獣が通ってきた辺りが陥没するのもいい。
そしてもうもうと土煙が上がっている中から怪獣の一部が見えるのだ。
尻尾とか触手とか光る角とか。
あるいはゴツゴツしてたくさん突起が突き出している背中とか。
もちろんお約束だがこのセリフは外せない。
「なんだ、アレは!」
ええ。絶対外せませんよ。
なので垣間見える怪獣の部分はなんだか解らない所でなくてはならない。
優れた怪獣のデザインというのは必ず身体のどこかにそういうなんだか解らない部分が無くてはならない。

そしていよいよ怪獣が吼える。
ライオンのような象のような鯨のような、良く響いて不思議で恐ろしげな声でなくてはならないだろう。
まだ姿は見えない。土ぼこりで。
声だけ響くのだ。
変な音が聞こえるとみんな黙り込むのが自然である。良く聞こうとして。
息を呑んで次に何が起こるのか待ち受ける。
緊張の一瞬!
そして土煙の中から地底怪獣が遂に全身を現すのである。
モスゴジみたいに盛大に身体に纏わり付いてる土くれを振り落として欲しい。
そしてもう一度吼える。
姿を現した地底怪獣をたっぷり色んなアングルで見せて欲しい。
女の子が悲鳴をあげてると更に盛り上がる。
これはとても重要。
女の子の悲鳴は本能に訴え掛ける危険のサインだからだ。

そうしてカッコ良く地底から登場したらその後5分間は大暴れして欲しいのである。
ここで見せられる能力は全て見せといて欲しい。
ミニチュアセットとか多いに力を入れて、盛大に盛り上げて欲しい。
じっくり大暴れを楽しんだ後で、怪獣は悠々と地底に帰って行くのだ。

その恐ろしさにこのあとの『地底怪獣対策会議』が盛り上がる事間違い無し!


あああ。
そういうかっこいい地底怪獣の出てくる怪獣映画が見たいよう。
見たいよう。見たいよう。
作ってくださいよう。メジャーな映画会社の方々。お願いします。

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2004.03.13

東宝のタコ怪獣

東宝のタコ怪獣が好きだ。
しかし、東宝のタコ怪獣というのは微妙な位置にいたりする。

『キングコング対ゴジラ』『フランケンシュタイン対バラゴン』『サンダ対ガイラ』と三本も出演しているのに。
キンゴジの時はそのまま生きたタコだったが、フラバラとサンダガイラの時はちゃんとでっかい操演用モデルも作られたのに。
なのに誰も東宝のタコ怪獣が好き、とか、ガイラのソフビと組み合わせて遊びたいんでタコのソフビも出してくれ、とか言わない。
まあ、理由はあるんですが。

まず、怪獣ファンと言うのは実在の生物そのままの怪獣というのはあんまり好まない。
むく犬ディクビーとか怪獣とは認めない。<まあそうだけどさ。
イグアナとかワニとか使ったB級怪獣映画が在るせいもあったり。
しかしキンゴジのタコ出現のシーンはいいっスよ。
足をもじもじさせながらヘリコプターに吊られて降りてくる!<そりゃ有島一郎だ!
じゃなくて、テラテラしたタコがぐちゃぐちゃ、パホッパホッ、っとのたくりながら暴れまわるシーンは、ブルーのバリアーがきついけど、かなりのインパクトがある。
棒でつつかれて動かされてるイグアナとは演技力が違う。
大変だったろうなぁ、演技指導。

フラバラの時のタコ怪獣は、実は日本版には出てこない。
海外配給版を公開する時に、欧米の人はタコが嫌いだからという理由で唐突に出てくるシーンが付け加えられている。
何の伏線も無かったのにいきなり山の中にタコが出現するんだから困ったものなのだ。
しかし、触手を持った怪獣数あれど、あれくらいちゃんと動いてるのはないんじゃなかろうか。
フランケンシュタインを湖に引き込んでいくところなんか、ちゃんと絡めとって引っ張ってる力具合が表現されている。
さすが黄金期の東宝特撮操演。
対抗できるのはハリーハウゼンのモデルアニメのタコくらいだろう。動きはあっちの方が多彩だけど、ダイナミックさはフラバラのタコの方がある。
んー。惜しい。ちゃんと伏線張ってあればなぁ。

そして東宝タコ怪獣の最高傑作!
サンダガイラの冒頭、漁船を襲うタコ怪獣の登場である。
これがいい。
嵐の夜の海、波にもまれる漁船を操舵手が一人で舵輪を握っている。激しい雨と雷。操舵手は船を転覆させないように必死だ。すると背後の扉を開けてヌタヌタしたでかいタコの足が忍び込んでくる。ぎゃー!
タコの足は何本も操舵室に侵入して舵手をぐいぐい締め上げる。
「タコだーっ!誰かー!」と叫ぶ演技も真に迫ってます。
あわやお陀仏かという時に、急にタコの足は舵手を離して帰っていってしまう。助かったのか?甘い!窓の外から奇怪な叫び声が聞こえる!「キシャーッ!」恐る恐る見るとそこには!
っちゅー、名シーンでありますな。
たぶん触手のシーンはディズニーの海底2万里のイカのシーンを意識してるのかも知れないが、ヌタヌタ感もあいまってこっちの方が無気味であったり。
是非『サンダ対ガイラ』をレンタル屋さんで借りてきてご覧あれ。
いや、サンダガイラは怪獣映画としても名作なんで大丈夫。
他にも名シーンがたくさんあって、冒頭のタコ怪獣はあんまり取り上げられなかったりするのだな。
うーん。惜しい。

そんな感じなので、私は水族館でタコとか見ると思わず「タコって怪獣の仲間だよな」なんて思ってゾクゾクしたりしてしまうんである。

え?『北斎漫画』のタコ?見てないので保留とします(^^;

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2004.03.12

怪獣の群れの中で愛を叫ぶ

怪獣には愛が必要だ。
愛の無い怪獣は悲しい。
いや別に怪獣が花束持って誰かにプロポーズしろとか、そんなんじゃなくって。

怪獣の桧舞台は、商業的文化流通媒体の上だ。映画とかテレビとか雑誌とか、とにかくお金が絡む舞台じゃないと、世に怪獣の広まる事はない。
それは第一次怪獣ブームがテレビや映画から始まった事に由来する。
日本で怪獣に対する認識はたいがいその辺に根ざしている。
なので世に広まる怪獣たちは、お金の絡んだお仕事として作られているのである。
一方、今の世の中は別段怪獣に注目している訳ではない。
したがって世の中に送り出される怪獣たちはそれ程経済的に成功する事は無く、お金を払う方は敬遠する様になったり、お金を貰って造る方もなんとなく厭世的な気分になっちゃっいながら製作を続けて行くのだったりする。

そもそも第一次怪獣ブームの中心となったのは子供たちだった。
なもんで、お母さんたちは「あんな気持ちの悪いものを好きになっちゃってウチの子供は大丈夫なのかしら」とか思い、お父さんたちは「うう、いつまでもそんな子供っぽいものに夢中になってないで、ちゃんと勉強しなさい」かなんか言って叱ったりするのである。
第一次怪獣ブームは結構でかいムーブメントだったので、怪獣に対する認識はそれが一般的なものとなった。

現在の怪獣ファンはそのころの子供が大きくなった大人の一部(筆者含む)と、テレビゲーム体験前のチビッコ達である。

しかし。

それじゃあ怪獣という物が映画やテレビの助け無しには存在し得ないのか?と言うと、けしてそんな事はない。

神話や伝承を語り部たちが人に伝える時に、怪獣の存在は耳をひきつける実にキャッチーな道具立てになる。その証拠に怪物の出現しない神話伝承というのはほとんどない。
また世界中で今でも未確認生物の目撃談が発表されて、穴埋め記事として重宝がられていたりする。
昔から現代まで、根本的に人間というのは怪獣に惹かれる素養を持っているのである。

言わば心のプリミティブな部分を惹きつける魅力を持っている。
しかしそうであっても怪獣が飯の種になるのはごく特殊な場合で、実際の生活で例えば家庭の危機を怪獣が救うとか、そういう効能は薄い。つまり無駄な存在。
生活苦しいのに無駄な物に構ってられるかよ、という訳である。

が、更にしかし。

物事というのはこだわる事によっていくらでも深くこだわっていけるようになっている。
怪獣も然り。

1:怪獣という物は心のプリミティブな部分に訴え掛ける。
2:怪獣は気味の悪い不気味な姿=ユニークな形状をしている。
3:怪獣という物は現実には存在しない。したがってその存在を感じる為には想像力が必要になる。

という怪獣の性質から、怪獣を好む為には必ず何がしかの精神活動を必要とするのだ。

怪獣の姿形を想像し、その鳴き声や行動を思い浮かべ、実際に怪獣を現実世界に存在させる為にはどの様な条件が必要なのかを考察し、怪獣が出現したならどの様な影響が現われるのかを考慮する。
他にない目を引くデザインがどんな物なのか考えてやり、もし映画で活躍させるのならどんな見せ場を作ればいいかを計算し、その存在にどんな意味を持たせるのか何を象徴させてそれをどう伝えるのかを創造する。

こだわればこだわる程、怪獣は知的で芸術的で哲学的な存在になっていくのである。
何よりも想像力、そして感情移入能力を高める。
そしてそれは怪獣を愛するものの精神を豊かにしていく事になるだろう。

漫然と流し見ているだけではその恩恵は受けられない。

だから怪獣には愛が必要なのだ。

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