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2008.09.29

銀河自動生成その2

プログラムで複雑に活動してるのをただ眺めてるのは楽しいと思うのな。
ただ、どんな活動をしていたら見ていて楽しいのか?という辺りがはっきりしてないといけないとも思う。
例えば、人がやっている格闘ゲームの画面をただ眺めていて楽しいか?仮に楽しいとして、それはキャラクターを動かしているプレイヤーが、毎回変わっている方が楽しいのに間違いないと思う。いろんな戦い方をしたり、凄いテクニックを見せ付けたり、かと思うととんでもないへまをやって負けたり、そういうバラエティさが楽しいんだと思う。
毎回同じでは何回目かに確実に飽きる。

眺めて楽しむシミュレーションというのもある。しかしそれは初期設定とか計算の途中に、人間の介入がある事が条件になっている。
例えば熱帯魚観賞ソフト。初期設定は人間がやる。何種類の魚をどんなセッティングにした水槽で飼うか、それが決められなければ楽しさは半減する。途中で餌をやったりといった介入もある。
ペット飼育シミュレーションだと人間の介入は更に増えるし、(ペットと仲良くなるとか)何らかのプレイ目的さえ生じる。

つまり、眺めるシミュレーションというのがいかに楽しくなりえるか、というのは、観察者に、目的(あるいはゴール)を予測させて、そこに辿り着く過程(いうなれば物語)を与え、さまざまな道筋で目標を達成する(あるいは裏切る)、そのバリエーションという事になりそうだ。
(介入する楽しみは眺めるプログラムという形式から微妙に外れるので除外。別の機会に考える)

そのバリエーションは、用意したイベントの数では足りない筈だ。むしろ、イベントとイベントの連結でいかに劇的に結果が変わるか、に掛かっている。
そして用意された観察者の注視点(感情移入する焦点)が、その劇的に変わった計算経過に翻弄されるのが見所(プログラムを走らせる楽しみ)になる。
銀河文明の発展や衰退、悪性文明の脅威、戦争英雄の活躍や歴史的カリスマの業績、高次元の存在として旅立っていく文明を見送るスペクタクルは、やはりその銀河の当事者が一番観察に適している。
したがってモニターのこちら側の観察者も、当事者視点に近い方がより楽しめるはずだ。
しかしまったくの当事者視点では、全体を見回すという楽しみが失われる。
その兼ね合いをどうするか。

例えばPSの名作『俺の屍を越えて行け』のような形を取るなら、銀河文明みたいなタイムスケールの話でも対応できるかもしれない。
銀河の生活を観察するという楽しみも加わる。
ただしそうなると、観察者はプレイヤーになりたい(介入したい)という欲求が増すに違いない。ある程度の介入は許すべきなのかもしれない。
銀河で暮らす観察者の選んだ有る一族の守護天使になる訳だ。

プログラムが確実に複雑になる。ウインドウも確実に2個以上増える事になる。
うーん、面倒くさいなぁ^_^;
でも非現実的という訳でもないに違いない。

流れ的にはどうなるか。

観察者はどの星系のどんな住人を観察するのか選ぶ。
選ばれた住人はその星系で職業活動をして、配偶者と出会い、結婚して、子孫を作り、育てる。子供が成人すると、職業に付く。観察者の視点は子供の活動の移行する。
コレがメインのサイクル。

文明の活動が住人の生活に影響する。もっとも影響の大きなものは戦争で、もっとも小さいものはニュースの類の情報だ。
通常、一意の市民の生活は歴史的に見てそれ程激動するものではない。成熟していく文明の平和な星系ならなおさらだ。銀河のイベントがその星系ではまったく起きない可能性もある。どうするか?

もっとも物語的な解決策として、『守護天使の付いた登場人物は、波乱の生涯を送る』パターンが有る。
どんなに当事者が平穏な生活を望んでいても、彼が歴史モノの物語の登場人物になってしまったら、否応なく歴史の動乱に巻き込まれてしまうのだ。
シミュレーションの範疇から外れそうな勢いだ^_^;

第二の解決策は『一方その頃…』だ。
観察対象がいつまでも平和に暮らしている場合、もっと面白そうな方に視点を移す、という至極当たり前の方法だ。
銀河のどこかでは必ず事件が起こっている。面白そうな方にチャンネルを変えるわけだ。
ある種の対比が生まれて面白いかもしれない。当事者の描写にS・キング張りの技巧が使えるなら、という気もするが。
しかしそれだと、そもそもなんで最初に住人を選ばせたのだ!という本末転倒な状況になるな(^^)
選ばせる必要はないのかも?^_^;

第三の解決策は一番卑怯。観察対象には冒険者しか選べない、という制限を付ける事。
実は全てのゲームにその手の制限が付いているので、観察者はそれを卑怯とは感じないかもしれない。全てのRPGのプレイヤーキャラクターは本質的に冒険者だ。例え農場を持っていて、畑を耕していても。彼らの農場のすぐ側には必ず怪物の潜む洞窟がある。
銀河自動生成では、必ずしもそうじゃない。怪物のかの字も見ないで、平穏に人生を全うする市民が大部分になる筈だ。
このジレンマ。
しかし第三の解決策は確実に銀河自動生成をエキサイティングにする。なぜなら大本のトラベラーがそういうシステムだから。
しかし銀河自動生成は眺めるプログラムであって、ゲームじゃない。面白さを求める方向が間違っているのだろう。

もっと考える必要があるなぁ(^^)

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